陶芸 染付磁器 愛知県指定工芸技術 1件
昭和47年9月4日指定 昭和50年2月19日解除(死亡)
保持者 瀬戸市一里塚町 河本舜二(礫亭) 明治27年 生
カテゴリー: 人物
栗木 伎茶夫
くりき ぎさお
陶芸 赤絵技法 瀬戸市指定工芸技術 1件
昭和62年4月18日指定 平成23年2月1日解除(死亡)
保持者 瀬戸市川合町 栗木儀三雄(伎茶夫) 明治41年10月15日生
赤絵技法は、赤色を主調とする多彩な上絵付技法の一つで、中国の宋時代に始まる。日本では江戸時代の初期有田に始まる伝統技法である。保持者はこの伝統技法に研究を重ね、独創性あふれるデザインと闊達な筆さばきにより、独自の作風を創りだした。
保持者は藤井達吉に師事し、芸術分野における陶芸の本道を大いに学んだ。自然を徹底的に写生しそれを題材に独自のデザインを工夫することだった。さらに、小森忍に彩色技法を学ぶとともに、愛知県工業試験場でデザインの研究を積むが、中でも赤絵技法は長年の研鑽により独特の技を完成した。
鈴木 八郎
すずき はちろう
陶芸 灰釉技法 瀬戸市指定工芸技術 1件
平成15年2月7日指定 平成17年5月29日解除(死亡)
保持者 瀬戸市太子町 鈴木八郎 大正4年1月29日生
保持者は大正4年に瀬戸市に生まれ、昭和2年には製陶活動に入る。20歳の頃から藤井達吉が主宰する瀬戸作陶会で指導を受けると共に、先輩の亀井清市の元で4年間陶芸の修業を重ねた。昭和15年赤絵技法で帝展初入選、同22年の「織部陶筥」で日展入選など作家活動に入った。昭和40年代以降は公募展を離れ、古陶器の研究・再現に努めた。「古瀬戸」の印花文様を集大成した『古瀬戸文様手控え帖』の出版、豊田市に復元した穴窯の焼成と「穴窯作品展」の開催など、鎌倉時代の灰釉陶器の再現を軸に置いた作陶活動を行ってきた。
柴田 明
しばた あきら
有線七宝 愛知県指定工芸技術 1件
令和7年8月5日指定
保持者 瀬戸市今池町 柴田 明 昭和17年7月16日生
近代七宝は尾張海東郡服部村(名古屋市中川区)の梶常吉に始まるとされる。天保四年(1883)頃に完成されたという七宝技術は海東郡遠島村(現在の七宝町)を中心に発展し、現在の尾張の伝統的工芸品と成るに至った。
保持者は三重県四日市市生まれ。愛知県立瀬戸窯業高等学校を卒業後(株)安藤七宝店に入社した。安藤七宝店は明治13年創業、尾張近代七宝技術を継承してきた会社で、保持者は伝統技法を踏まえた作品づくりを50年にわたって続けてきた。
保持者の作品は有線七宝の技法で、デザイン・素地の加工・模様付け・施釉・焼成・研磨という多くの工程を全て行っている。経験と高い技術が必要であり、まさに熟練の技が要求される。保持者は昭和45年以来日本伝統工芸展に36回入選、審査委員も努める日本を代表する七宝作家である。平成22年6月18日に瀬戸市無形(有線七宝)文化財保持者に指定された。
水野 双鶴
みずの そうかく
陶芸 練り込み技法 瀬戸市指定工芸技術 1件
昭和62年4月18日指定 平成9年1月18日解除(死亡)
保持者 瀬戸市小空町 水野双鶴 大正元年9月16日生
色の異なる陶土を積み重ねることによって様々な文様を作り出す練り込み技法は、中国の唐時代に始まる伝統技法である。保持者は伝統技法を受け継ぎながらも創作活動に勉め、優れた技法を完成した。酸化金属を用いた発色の異なる数種の土を使い、手びねりによって作り出される造形力は計算された力強い作品となっていく。
保持者は藤井達吉の指導を受け、その教えは作陶歴60年余の中に生き続けている。伝統技法を受け継ぎながらも創作活動の研鑽に専念し、優れた練り込み技法を完成した。
加藤 廉平
かとう れんぺい
陶芸 黄瀬戸 瀬戸市指定工芸技術 1件
平成18年2月10日指定
保持者 瀬戸市窯元町 加藤廉平 昭和3年8月6日生
江戸時代の尾張藩の御用窯であった加藤唐三郎家の系譜に連なる。初代唐三郎から10世唐三郎の3男に生まれ、伝来の「黄瀬戸」を研究の主眼に置き桃山陶の研究・再現に情熱を燃やしてきた。その胎土を美濃地方に求め、釉薬の調合にも様々な工夫を行い、その技の伝承に努めた。その一方で、文様には身近な草花に題材を求め、豊かな表現力を用いて自然描写を行い、感性豊かな魅力ある作品を数多く製作している。
長男佳宏氏も父の直接指導を受け、日々研鑽に努めておりその伝統技法は継承されている。
山田 良治
やまだりょうじ
陶芸 瀬戸染付着画の技術 愛知県指定工芸技術 1件
昭和33年3月29日指定 昭和38年9月20日解除(死亡)
保持者 瀬戸市 町 山田良治
明治29年生まれ、昭和33没(62歳)、県無形 昭和33年
加藤 錦三
かとう きんぞう
陶芸 織部 瀬戸市指定工芸技術 1件
平成18年2月10日指定
保持者 瀬戸市上水野町 加藤錦三 昭和4年5月13日生
明治時代から続く水野の窯屋である加藤陣一の6男に生まれた。祖父である嘉三は、水野地区に石炭窯を最初に作った人で「水野焼中興の祖」と呼ばれている。25歳の時、水野出身の陶芸家加藤唐九郎と出会い、陶芸の道を志すことになった。特に「織部」の製作に意欲を燃やし、それに適した胎土・釉薬原料を近隣の山々に求めて焼成を重ねた。そしてついにこれまでに無い風合いと深みがあり、モダンで新鮮な作品を焼くことに成功している。特に織部釉の中の青色の美しさに秀でる。
長男郁男氏が父の陶房にあってその技法の継承のための研鑽に努めている。
加藤 作助(四代)
かとう さくすけ(よんだいめ)
陶芸 織部・黄瀬戸・御深井焼 愛知県指定工芸技術 1件
昭和59年3月30日指定 平成8年12月24日解除(死亡)
保持者 瀬戸市赤津町 加藤作助 明治42年2月11日生
赤津窯の加藤作助家は、慶長年間(江戸時代初期)に美濃から帰村した加藤利右衛門(初代唐三郎)の弟景元を家祖としている。初代作助(景清)は景元七世に当たり寿斎と号した。「性来陶法の妙手として、父の家を継ぐや作助と改め、大いに業務を刷新せり、其の製する処の器ハ古法に倣ひ、多くの茶器又酒器の類を造る。其作皆高尚にして雅稚に富む」(をはりの花)とある。二代慶三郎(春仙)・三代精一(春山)・四代紀彦(当代作助)と家法を守る。
保持者は桃山時代から江戸初期にかけての伝統陶芸を復活させ、高雅な作品を製作している。特に、織部・黄瀬戸・御深井焼は格調が高く、その製作技術は高く評価される。
田沼 春二
たぬま しゅんじ
陶芸 灰釉 瀬戸市指定工芸技術 1件
平成19年5月18日指定
保持者 瀬戸市川端町 田沼春二 昭和23年4月17日生
保持者は瀬戸の陶芸家田沼起八郎の次男として生まれた。父起八郎は東京美術学校を卒業した洋画家であったが、昭和16年にやきものに魅せられ、瀬戸に窯を築いた。昭和21年の第1回日展に入選後瀬戸を代表する陶芸作家として活躍した。
保持者は昭和47年に愛知県窯業訓練校を卒業後家業を継ぎ、本格的に陶芸の道に入る。そして最初に手がけたのは、彫紋の作品であった。新しい表現方法を模索してゆく中で、昭和62年頃から灰釉を使用するようになる。灰釉は土灰と長石を合わせたものだが、徹底的に灰汁を除去して美しい灰釉を生み出している。さらに2度塗り、3度塗りを重ね表情の変化を出す。彫紋については波紋を主に加飾し、自然の強さや柔らかさが表現されており、現代的でかつ気品あふれる作品になっている。