昭和44年(1969)5月選定
瀬戸市制40周年記念行事の一つとして、市民投票により「市の木」に選定された。候補となった木は、くろがねもち、かしのき、しいのき、くすのき、くろまつの5種類で、応募総数842票のうち、478票の最高票を得たくろがねもちに決定した。
くろがねもちは、東海地方では別名「福来柴(ふくらしば)」とも呼ばれ、モチノキ科に属する縁起の良い木である。常緑樹で、雌雄異株で葉の柄が紫色がかるのが特徴で、雌株は赤色の実を多数つけ美しい。成長すると高さは10~15mに達する。乾燥に強く、整枝に強いので古来庭園木として多く用いられ、亭亭たる巨木はその家の格式のシンボルとされた。
カテゴリー: 市政
つばき
つばき
昭和54年(1979)5月選定
瀬戸市制50周年記念行事の一つとして、市民投票により「市の花」に選定された。候補となった花は、つばき、つつじ、さつき、さざんか、もくれん、もくせいの6種類で、応募総数301票のうち、73票の最高票を得たつばきに決定した。
つばきは、市内の山地にも多く自生していて、園芸品種も多く、栽培はやさしいとされている。鎌倉から室町時代にわたって陶器の「灰釉」として用いられたと思われ、瀬戸市の窯業とも関係が深いとされる。
市を象徴するのにふさわしい花として、また市内の緑化や美化を推進するためのシンボルとして、市政40周年記念で決定した市の木「くろがねもち」とともに市民に親しまれるものとなった。

景徳鎮市
けいとくちんし
平成8年(1996)10月11日に友好都市提携の調印
景徳鎮市は中国江西省に位置し、上海の西方約600km、人口約160万人、面積約5,256km2である。景徳鎮は、陶磁器の原料である純白の磁土・カオリンと燃料用の松材に恵まれ、唐時代の末頃から、白い器に透明な釉薬をかけて焼く白磁の主産地として発展し、今日に至るまで“磁都”の名を誇ってきた。
景徳鎮窯の陶磁器は、中国歴代の皇帝たちを魅了してやまず、やがて明王朝(1368~1644)や清王朝(1644~1911)には、皇帝専用窯の御器廠(官窯)が置かれて、国家的な財力と技術の枠を集めた高品質で贅沢な陶磁器の数々を生み出したのである。しかも、その官窯で磨かれた技法は、民間の窯をも発展させ、中国民衆の間に広がり、景徳鎮窯の名声は全世界に伝わった。日本のやきものにも影響を与えてきた。
利川市
いちょんし
平成18年(2006)4月20日に友好姉妹都市提携を締結
利川市は大韓民国北西部にある京畿道の主要都市で、ソウルから南東へ約50km、車で1時間くらいの距離にある。人口は約19万3000人で、穏やかな気候、清水に恵まれ米や果物の産地として知られている。
また、良質の陶土を産出し、大変古くから陶芸の街として発展してきた。現在は多くの陶芸家が集まり、朝鮮陶磁器の伝統を継承し、陶芸の伝統を引き継ぐ街になっている。毎年4・5月頃に陶磁器祭が開催される。
リモージュ市
りもーじゅし
平成15年(2003)11月18日に姉妹都市提携に調印
リモージュ市は、パリから南に350㎞、大西洋から東へ200㎞のフランス中央部に位置するリムザン地方の中心都市で、オート=ヴィエンヌ県の県庁所在地でもある。湖沼、森林など、豊かな自然環境は、フランスで最も美しい景観の一つに数えられる。リモージュ市の人口は約14万3000人で、瀬戸市とほぼ同じである。首都パリのオルリー空港からリモージュのベルガルド空港まで1時間10分、市内まで車で15分で、鉄道(TGV)ではパリのオステルリッツ駅から約3時間である。
人口の約半分が窯業関係の仕事に従事している。そのほか医科学、電子、電気、機械などの工業や農業が発展しており、海外との交流も盛んである。主要産業は陶磁器製造業、製靴、金属、機械、電気機器、家具、自動車部品、印刷などで、エステルテクノポール(科学技術研究交換スペース)や大学では、セラミックスの分野の先端的な技術研究開発が行われている。
ナブール市
なぶーるし
平成16年(2004)4月21日に姉妹都市提携に調印
チュニジア共和国は、アフリカ大陸の最北端に位置し、北および東は地中海、南の内陸部はサハラ砂漠に続いている。昭和31年(1956)にフランスから独立したが、現在でもフランスの影響が見受けられる。
平成23年(2011)1月の政変により、23年間の長きにわたりチュニジアを統治していたベンアリ政権は崩壊し(ジャスミン革命)、同年10月23日にはチュニジア史上初となる民主的な選挙「制憲国民議会選挙」が実施された。国民の多くは、今回の政変を勝ち取った成果として歓迎しており、チュニジアは民主化に向け、新たな国づくりを進めている。
ナブール市は、チュニジア北部のボン岬半島の中心都市で、ナブール県の県都で人口は約6万人である。陶器の名産地として知られており、水差し、壷、花瓶など幅広い陶器が生産されている。ナブール焼きと呼ばれるこの町の特産品を求めてチュニジア内外から多くの人が訪れている。
パルティせと裏側モニュメント
ぱるてぃせとうらがわもにゅめんと
瀬戸市歌
せとしか
昭和24年(1949)9月選定
作詞:芝田博史
作曲:米山正夫
1.千古に聖(きよ)き 猿投山 朝に夕に 仰ぎつつ
歴史に栄えて 陶業の 輝くその名 かくれなく
ああ 大瀬戸市 光あり
2.渦巻くそらの 窯けむり 地には轆轤(ろくろ)の 玉の業
生命をこめて 焼く窯に 伸びゆく意気は 火ともえる
ああ 大瀬戸市 力あり
3.陶祖と磁祖の ますところ その名四海に 燦然(さんぜん)と
工業かおり 人和して 無限の土と 伸び進む
ああ 大瀬戸市 希望あり
4.華咲く文化 産業の ここに輝く 土の幸
世界の海の 果てまでも 讃えよ誇れ 高らかに
ああ 大瀬戸市 誉あり
瀬戸市が市制20周年記念事業の一つとして瀬戸音頭と共に全国から広く募集し中日新聞、中日CK関係者及び市長の予審の上、コロンビア藤浦洸、野村俊太郎、米山正夫各氏の審査と西条八十の校閲を得て下記の諸氏が入選し米山正夫が作曲し、祝賀式典後に発表された。
1等 芝田博史 品野町、2等 大城節子 静岡市、3等 岡田 道 碧南桜井村
また、記念事業の一環として昭和24年(1949)11月7日深川館において、市歌音頭発表会が「コロンビヤ秋の歌謡祭」と併せて豪華な出演者を迎え盛大に行われた。市歌を歌手の霧島昇、音頭を小唄の赤坂小梅が発表したほか、歌謡の部で安西愛子、二葉あき子、伊藤久男、黒木曜子、岡本敦郎などが、舞踊では西川鯉三郎師振付の西川里喜康、西川里喜勲が出演した。
当時、「瀬戸市歌」「瀬戸音頭」がコロンビアレコードで制作されている。「瀬戸市歌」は岡本敦郎に、コロンビア合唱団、コロンビア・オーケストラで吹き込まれている。
昭和46年(1971)、新たに日本コロンビアで制作され、「瀬戸市歌」は三鷹淳に、コロンビア合唱団、コロンビア・オーケストラで吹き込まれている。
ちなみに作詞者の芝田博史の本名は柴田博で、上品野小学校や祖母懐小学校などの教員を務め、上品野小学校の校歌や品野音頭を作詞したほか、瀬戸市史編纂委員としても活躍された。
宮川モールモニュメント
みやがわもーるもにゅめんと
瀬戸音頭
せとおんど
昭和24年(1949)9月選定
作詞:壷井ふゆじ
作曲:米山正夫
1.なびくナア なびく煙を繻子(じゅず)帯に
しめてやさしい 藤四郎山の
花もほんのり 花もほんのり 春姿
※(繰り返し)ほんにセトセトよいところ
瀬戸は火の街土の街 チョイト土の街
2.なんでナア なんで忘りょか
お陶祖様を 絵付せっせと 筆持ちゃちらと
遠い昔が 遠い昔が 偲ばれる
3.瀬戸のナア 瀬戸の娘は 窯場の炎
燃えりゃ思いに わが身を灼いて
千三百度の 千三百度の 恋もする
4.皿にナァ 皿にしようか 茶わんにしようか
廻すろくろに 心がはずみゃ
窓に燕が 窓に燕が ちょいとのぞく
5.瀬戸のナア 瀬戸の瀬戸物 だてには焼かぬ
どんと積み出しゃ 七つの海に
招く世界の 招く世界の 夢が呼ぶ
瀬戸市が市制20周年記念事業の一つとして瀬戸市歌と共に全国から広く募集し中日新聞、中日CK関係者及び市長の予審の上、コロンビア藤浦洸、野村俊太郎、米山正夫氏の審査と西条八十の校閲を得て下記の諸氏が入選し米山正夫が作曲し、祝賀式典後に発表された。
1等 壺井ふゆじ 小牧町、2等 住江京二 小牧町、3等 原のぶよし 半田市
また、記念事業の一環として昭和24年(1949)11月7日深川館において、市歌音頭発表会が「コロンビヤ秋の歌謡祭」と併せて豪華な出演者を迎え盛大に行われた。市歌を歌手の霧島昇、音頭を小唄の赤坂小梅が発表したほか、歌謡の部で安西愛子、二葉あき子、伊藤久男、黒木曜子、岡本敦郎などが、舞踊では西川鯉三郎師振付の西川里喜康、西川里喜勲が出演した。
当時、「瀬戸市歌」「瀬戸音頭」がコロンビアレコードで制作されている。「瀬戸音頭」は青木光一・花村菊江、コロンビア合唱団、三味線豊藤、コロンビア・オーケストラで吹き込まれている。
昭和46年(1971)、新たに日本コロンビアで制作され、「瀬戸音頭」は都はるみに、コロンビア合唱団、コロンビア・オーケストラで吹き込まれている。