昭和18年8月9日、大字名を廃止し町名を設定。もとは赤津の一部。
→山路町
カテゴリー: 町名
西米泉町
にしこめいずみちょう
昭和53年12月26日、大字名を廃止し町名を設置。もとは菱野の一部。江戸期の村絵図では、氏神(熊野社)の森の東に東島集落があり、「カマガ洞池」から引水した田の一圃ごとに知行家臣名を記載した地にあたる。
巡間町
はざまちょう
西原町
にしはらちょう
瀬戸土地改良第三工区にあたり、昭和49年11月2日に町名を設定。1・2丁目がある。もとは本地の一部。
西脇町
にしわきちょう
昭和54年12月1日、大字名を廃止し町名を設置。もとは菱野の一部。江戸期の村絵図には、西光寺の西に「西脇島」、東に「門前島」の集落が描かれている。
八王子町
はちおうじちょう
昭和18年8月9日、大字名を廃止し町名を設定。もとは赤津の一部。天和3年の古写巻物の奥書きに「奉納大目八王子宮」と記されたものがあり、昔この地に八王子宮という神社があったことが推定される。町名設定の時、昔から八王子宮と親しまれつきたところから「宮」の字を取り去って八王子町と名付けた。
西本地町
にしほんじちょう
瀬戸土地改良第五工区にあたり、昭和49年11月2日に町名を設定。1~3丁目がある。もとは本地の一部。
→本地大塚古墳・瀬戸市指定史跡1基
→本地城
幡中町
はたなかちょう
昭和54年12月1日、大字名を廃止し町名を設置。もとは菱野の一部。
→古窯・大草古窯跡群
幡西町
はたにしちょう
昭和54年12月1日、大字名を廃止し町名を設置。もとは本地の一部。瀬戸市立幡山西小学校があるところから幡西町となづけられた。
幡山町
はたやまちょう
昭和53年12月26日、大字名を廃止し、町名を設定。もとは菱野の一部。明治の始めごろは菱野村、本地村、山口村の3村となっていたが、明治22年の町村制に際し、菱野村と本地村が合併し幡野村となったが、さらに明治39年の町村合併の際に幡野村と山口村が合併し、両村の頭文字を採って幡山村としたものである。昭和30年に瀬戸市と合併し町名設定の際、村役場(現在の幡山支所)があったところから、村名をとって幡山町とした。