曽野稲荷大明神

そのいなりだいみょうじん


瀬戸市曽野町1873
曽野稲荷大明神縁起記によれば「上水野曽野郷、稲荷山に鎮まります正一位稲荷大明神は、太田左太彦命を主神とし、権太夫大神を守護神として奉祀して、城州(京都)深草の里、荒神ヶ峰田中の社より御分身給える御社なり」とある。由来を求めると今から約120年程前、荒神ヶ峰のふもとにある稲荷総本宮愛染寺の別当盛淳上人が諸国を遍歴した折、この地をたずね農家を仮宿をたのんだところ、主人が快くむかえいれた。その折別室で婦人が叫喚する声を聞いた。理由を聞くと白狐が出てなやますのだと言う。上人がおまじないでこれを直した。それ以来ここに稲荷を祀ったのがはじまりといわれる。

曽野稲荷大明神(参道)
曽野稲荷大明神

八王子社(曽野町)

はちおうじしゃ


瀬戸市曽野町1582
祭神は成務天皇、応神天皇、神〓皇后、大山祗命である。社伝は明らかではないが、延宝4年(1676)12月20日、尾張藩主2世の光友の時再建した。また大正6年(1917)9月28日に同じ水野村にあった山神社を合祀した。例祭日は毎年10月15日の直前の日曜日に行われる。

八王子社(曽野)(鳥居)
八王子社(曽野)(拝殿)

八王子神社(共栄通)

はちおうじじんじゃ


瀬戸市共栄通5丁目64
祭神は須佐之男命の八王子(八柱獅子)が祀つられている。創建は1473年(文明5年)。文明5年(1473)この地の城主、松原下総守広長公が城外の浮地を選んでこの社を勧請造営した。広長公が文明10年(1478)に戦いに敗れた後は矢野氏が維持修繕をしている。?尾州誌志には「八王子の社、今村に有り。5男3女神を祀り天照大御神素盞嗚尊を配享す」と記されている。社伝に文明5年(1473)9月松原下総守広長が造営したといわれる熊野三神及び天照大御神の末神がともに祀られている。

八王子神社(共栄通)(鳥居)
八王子神社(共栄通)(拝殿・本殿)

八王子神社(白岩町)

はちおうじじんじゃ


瀬戸市白岩町385
祭神は須佐之男命の八王子(八柱御子)が祀つられている。正保元年(1644)以前の創建と推定される。由緒については不明である。祭例は10月16日に近い日曜日に行われる。

八王子神社(白岩町)

八王子神社(美濃池町)

はちおうじじんじゃ


瀬戸市美濃池町127
天照大御神が須佐之男命と誓約された時生れた須佐之男命の八王子が祭神である。社伝は明らかではないが応永年間(1394~1427年)の創建とされ、その後この土地開墾の主、稲垣主繕広茂(松平下総守の重臣)が天正年間(1573~1592年)にここに土着し、この社を氏神として崇敬したという。その後十数度に渡って、改築再建がくり返されたが、昭和51年(1976)に現在の社拝殿を再建し現在に至る。例祭日は毎年10月15日の直前の日曜日に行われている。

八王子神社(美濃池町)(参道)
八王子神社(美濃池町)(本殿前)

八劔社(下半田川町)

はっけんしゃ


瀬戸市下半田川町746
祭神は、天照皇御神、素盞嗚男尊、日本武尊、宮酢姫命、健稲種命である。創建、由緒については不明である。例祭は毎年10月10日に行われる。

八劔社(下半田川町)(参道)
八剱社(下半田川町)(拝殿)

尾張戸神社

おわりべじんじゃ


瀬戸市十軒町913
 祭神 天火明神(あめのほあかりのみこと)天香語山命(あめのかぐやまのみこと)建稲種命(たけいなだねのみこと)天道日女命(あめのみちひめのみこと)乎與命(おとよのみこと)標高198mの東谷山々頂に鎮座する。東谷山は当国山ととも書き、江戸時代の初代尾張藩主徳川義直の時、この山から「当国明神」と銘の入った鉄筒を堀出したことから名づけられたという。東谷山の西側は一大古墳群となり、名古屋市内の古墳の6割がここに集中し、尾張氏との関係した神を祀りされていて豪族尾張氏との関係をうかがわせるここには興味深い言い伝えがある。その昔天香語山命が東谷山と向かい合う高蔵山にお降りになった。命はこれから尾張地方を治めるのによい土地を嘱望したところ、向かいの東谷山が良いと決められその山に移ることになった。そのとき障害となったのが庄内川であった。渡ることに躊躇していた命の前に白い鹿が現れ、命はその鹿に乗って川に渡り東谷山へ移ったというものである。それにちなんで、おくわ祭には白い鹿の1つがいの作りものを甘酒と一緒に供える。

金神社(小金町)

かねじんじゃ


瀬戸市小金町69
通称「おがねさん」と呼ばれているこの神社は、昭和19年(1944)に水北町から遷座したものである。主祀神は尾治金連(おわりかねのむらじ)である。尾治金連は天香語山命15世の孫と記され尾張の各地に勢力圏を築いた中心的な氏族の一つであった。血族的集団の中心をして氏神を崇拝したがそれがこの神社である。

金神社(上水野町)

かねじんじゃ


瀬戸市上水野町字安戸2405-18
祀神は尾治金連(おわりかねのむらじ)である。尾張金連は天香語山命15世の孫と記され、尾張各地に勢力を築いた。以前は現在の感応寺の鎮守社として水野川を中心とした地域を見渡すことのできる標高150m程の寺地の内にあった。明治に入り神仏分離によって村社となった。昭和の初めに上水野の南東の安戸地区(現在の小金町)から遷座の熱望があり、紆余曲折を経つつ昭和19年(1944)にようやく遷座された。現在は、旧社地は寺地となっており、墓地造成のあおりをうけて往時を偲ぶことはできない。

石神社

いしがみしゃ


瀬戸市西郷町1
創建年月日は不明であるが塞の神として古くから信仰されている。祭神は猿田彦命(さるたひこのみこと)である。氏子数は250戸、20,000人に及ぶ。毎年10月1日に近い日曜日に例祭が行なわれている。宮司は深川神社宮司である。