山口八幡社

やまぐちはちまんしゃ


瀬戸市八幡町3
山口神社。社名を山口八幡社というが地元からは単に八幡社と呼ばれている。社伝によれば、1221年の承久の変の折、山田次郎重忠が後鳥羽上皇に加勢し奮戦したが敗れ、重忠は一族とともに、この山口村へ落ちのびた。そしてここに八幡宮を勧請したといわれる。建物は南から石鳥居・二ノ鳥居・唐門・拝殿・祝詞殿・本殿と続くが、この石鳥居の脚柱に延宝5年(1677年)12月吉日の年号があり、これは瀬戸市内の鳥居の中で最古のものである。境内の西の一段高くなった所に「山口天神社」と「山口稲荷神社」の末社が鎮座し、稲荷社は横穴式石室の中に社殿がある。また境内には通称「杉塚」と呼ばれる古墳群がある。

山口八幡社 拝殿・唐門・石造鳥居

八幡神社(内田町)

はちまんじんじゃ


瀬戸市内田町1丁目665
祭神は応神天皇・宇賀魂命である。創建については明らかではない。大正7年(1918)5月13日に宇後田の田辺社・字内屋敷の神明社・字四ッ谷の山神社の三社を合祀した。例祭は毎年10月15日の直前の日曜日に行われる。

八幡神社(内田町)拝殿

八幡神社(水北町)

はちまんじんじゃ


瀬戸市水北町1341
祭神としては、神功皇后・成務天皇・応神天皇が祀られている。創建については明らかではないが、延宝4年(1676)12月20日尾張藩主光友によって再建された。明治5年(1872)村社となり、明治40年(1907)供進指定をうけた。大正6年(1917)9月30日に同村に鎮座する山神社3社を合祀した。例祭は毎年10月15日直前の日曜日に行われる。

八幡神社(水北町)

窯神神社

かまがみじんじゃ


瀬戸市窯神町112
窯神社。文化11年(1818)磁祖加藤民吉が製品の完成祈願の為、太宰府天満宮と火具土神を祀ったことに始まる。民吉没後、郷人がその偉業を徳として、彼の霊を併祀した。全国的に知られる「せともの祭」はこの神社の神事であり、民吉の命日にちなんで毎年9月の第3土・日曜日に開催されている。窯神社には、民吉像(加藤顕成-瀬戸出身の彫そ家)の他、民吉を助けた津金文左衛門顕徳碑と当時瀬戸の窯屋取締役を加藤唐左衛門の顕徳碑が並んでいる。

八剣神社(中品野町)

はっけんじんじゃ


瀬戸市中品野町180
祭神は天照皇大神、日本武尊、建稲種命、素盞鳴尊、宮策姫命である。創建は不明であるが尾州府誌によれば長江入道が創建し、永禄元年(1557)松原監物が修覆したとある。例祭は毎年10月中旬に行われる。

金峯神社

きんぽうじんじゃ


瀬戸市下半田川町1363
祀神は安閑天皇である。創建については不明由緒等も不明である。明治40年(1907)10月26日神饌幣帛料供進社に指定された。大正7年(1919)1月5日より同村の字曲里ヶ根の社白山社の祀神伊弉諾尊、伊弉那美尊を合わせて祀っている。例祭は毎年10月10日に行なわれる。

八剣神社(余床町)

はっけんじんじゃ


瀬戸市余床町756
祭神は武内宿祢、大山祗命が祀られている。創建については明らかでない。元は武内社とも言った。大正6年(1918)9月28日同村鎮座の山神社を合祀し、社号を八剣神社と改称した。例祭は毎年10月15日直前の日曜日に行われる。

熊野神社

くまのじんじゃ


瀬戸市熊野町
祭神は伊弉邪美命である。創建ならびに由緒は不明である。例祭は毎年10月15日に最も近い日曜日に行われている。

深川神社

ふかがわじんじゃ


瀬戸市深川町11
創建は771年(宝亀2年)、祭神は天照大神と素盞嗚尊との間に生まれた五男三女の神々を祀る。宮司は二宮弥史郎、宝物は国指定重要文化財である陶製狛犬と梵鐘、例祭は10月の第3日曜日。名鉄瀬戸線尾張瀬戸駅から徒歩10分程で、瀬戸川に面して鎮座する。石段を登り鳥居をくぐると、拝殿前の墳丘が深川神社古墳である。横穴式円墳で石室の中心軸は約4m、石積みの方法や規模から6世紀頃のものと推定されている。本殿は諏訪の名匠・川和四郎により、文化年間に造営された。なお、この神社は当瀬戸市の産土神として由緒がある。社伝によれば陶祖藤四郎がこの神社に参龍した折、御夢霊験により社の辰巳に当る祖母懐の土を得たと言われている。瀬戸の街の発達の一つの形態として、深川神社を中心とした門前がにぎ合い街の中心となった。現在でも「瀬戸へ行く」と言うのは宮前付近に行く事を表している。

三社大明神

さんじゃだいみょうじん


瀬戸市中水野町1丁目579
社伝が消失して創建年月日は明らかではないが、往昔、上水野村、中水野村、下水野村の氏神として崇敬されている。祭神は天香語山命、天火明命、建稲種命を祀る。本宮は尾張戸神社であるが、遠く参詣に不便なため、この地に三社大明神を建立したと「尾張誌」に記されている。明治5年(1872)村社に列した。明治43年(1910)、同村の高倉神社の祭神成務天皇と山神社の祭神大山祗命を本社の境内に合祀した。