宝生寺

ほうしょうじ


瀬戸市駒前町171
佛法山 宝生寺。曹洞宗。本尊は観世音菩薩を祀る。当初は弘法大師を本尊として原山(現西原町1丁目)にあったと言われている。約350年前の寛永9年(1632)に雲興寺15世興南義繁によって開創され、八丁寺(現西本地町1丁目)に移転し雲興寺25世全山紹道によって佛法山宝生寺として開山した。享保5年(1720)に山口川の大洪水にあい流失したため現地に再移転した。現住職は全山紹道より数えて16代となる。寺宝としては2代目代興柏春の真筆正法眼蔵があり、年中行事の中では1月5日の初えびすが名高い。又延命地蔵尊の夏祭りも地域をあげて例年とり行われている。

宝生寺
宝生寺

宝泉寺

ほうせんじ


瀬戸市寺本町30
大昌山 宝泉寺。曹洞宗。本尊は釈迦牟尼佛、脇佛に地蔵菩薩、薬師如来が祀られているが、この薬師如来像は行基の作になるものとして名高く、約720年前に創立された当初の本尊であった。16世紀末天正年間に戦火によって消失したがその数十年後に雲興寺の興南によって堂が建立され延命地蔵尊を本尊として、大昌峰宝泉寺となった。天明年間には三殿堂を建立、その100年後には諸堂が一新されたと言う記録が残っている。尾張33カ所第26番札所、尾張城東西国33カ所第31番 札所としても知られている。年中行事では大槃若会、節分会、彼岸会、秋葉祭典等があるが、最も名高いものは薬師祭典(11月8日、11月12日)で、“お薬師さん”の呼び名で知られており瀬戸の季節をいろどる風物詩として市民に親しまれている。

宝泉寺
宝泉寺
陶質十六羅漢塑像
本堂天井絵

本泉寺

ほんせんじ


瀬戸市矢形町165
教春山 本泉寺。真宗高田派。本尊は慈覚大師作の阿弥陀如来である。また別堂本尊として弘法大師の作である十一面観世音像がある。年中行事には修正会、彼岸会、太子会、釈尊三大聖日、同朋会がある。由緒としては土地の地頭職であった山田泰親が下野団高田専修寺の顕智がこの地に来た際に師資の約をして、法名瀞顕を得て弘安6年(1283)に開山したのが始まりである。以後天文5年(1536)、宝暦10年(1760)、更に昭和63年(1988)に本堂の再建をして現在に至る。明治15年(1882)に観音堂(別堂)を境内に移し、尾張城東西国33カ所第32番札所・山口観音堂となっている。寺宝は前出のものの他、宗祖聖人木像、薬師如来、瀞顕の作になる聖徳太子像がある。

本泉寺 山門・本堂
山口観音堂
山口観音堂 十一面観音立像

万徳寺

まんとくじ


瀬戸市塩草町93
太子山 万徳寺。真宗高田派。本尊は阿弥陀如来で歴史としては約700年前に武蔵国から三河今橋に移り住んだ親鸞の弟子の海円が三河国加茂郡越戸(現豊田市)に万徳寺を建立したのがその始まりである。その後正応元年(1288年)尾張国春日井郡赤津村に天台宗の帝子堂を再興し関尾山万徳寺を起した。太子山の由来は寛正年間に今村城主松原広長が聖徳太子霊像に帰依して、太子にかかわるものや寺領、本堂を寄進した事による。大正元年(1912)には高田本山より太子山の山号を下付され改称した。現在の太子堂は昭和10年(1935)の改築のものである。年中行事として彼岸会、報恩講などの他、聖徳太子御会式がある。寺宝として聖徳太子自作と言い伝えのある聖徳太子孝養像の他、聖徳太子、親鸞聖人にかかわるものが多数ある。

万徳寺
松原塚

宗教法人御獄教馬ケ城教会

おんたけきょううまがじょうきょうかい


瀬戸市東古瀬戸町66
御獄教は木曽の霊峰「御獄」を信仰の根本道場として今を遡ること凡そ786年(天明5年)発生した“行”の宗教であめ。〔主斉神〕国常立尊(くにとこたちのみこと)・大貴命(おおなむらのみこと)・少彦名命(すくなひこなのみこと)以上三神を御1体と崇め尊び「御獄大神」と尊称している。
〔教律〕
1、宜しく神徳神恩に報ずべし。
2、宜しく人倫の道を全うすべし。
3、宜しく本業正紀を懈る勿かれ。
信仰者の願いとして御神恵を尊信仰慕する日々をの中で、教を実践躬行し、和楽社会の創造実現にいささかでも貢献できることである。1882年(明治15年)明治天皇の勅裁で「御獄教」の名称を得た。現在の教堂は、1937年(昭和12年)御獄教を信奉する人々と図って、故権大教正濱島芳太郎が創建したものである。

宗教法人 カトリック・ドミニコ会聖ヨゼフ修道院

かとりっくどみにこかいせいよぜふしゅうどういん


瀬戸市東長根町92
昭和32年(1957)5月設立。敷地面積約1,200㎡。救い主イエス・キリストの教えに基づき、人々の真の幸せのため、特に祈りをもって協力しようとする観想修道院である。
社会のただ中での活動ではなく、一定の禁城内で、兄弟的共同生活をもってキリストの福音のあかしを生きつつ、今の世の人々のために神の恵みを願い、忙しい人々に代って、神に賛美と感謝を捧げるものである。なお祈願するものにふさわしくあれと矯め直される場でもある。

ドミニコ会 聖ヨゼフ修道院

金光教雨池教会

こんこんきょうあまいけきょうかい


瀬戸市仲郷町16
昭和14年(1939)5月瀬戸教会の出社として設立。初代教会長柴田明治郎、信徒総代水野千鶴。祈念・教話毎朝6:30、10:00、夜7:30、月例祭毎月4日・14日・24日の20:00、春秋の霊祭3月・9月の第3日曜日、大祭5月9日・金光大神大祭11月9日、勧学祭3月末、越年祭年末。信徒会活動として信徒懇親会、婦人教室、青少年夏の集い等おこなっている。金光教は、全人類救済のために天地金乃神より差し向けられた教祖金光大神によって開かれた「氏子あっての神、神あっての氏子、あいよかけよで立ち行く」「取次」の道である。それは、人間を「神の氏子」として大切にしていく道であり、人はひたすら取次を願い、親神の願いを受け、天地の道理に基づいた実意丁寧な生き方をし、人を助けて神となり、子々孫まで助けられる信心である。

金光教 天池教会

弘誓寺

ぐぜいじ


瀬戸市東吉田町44
壺坂山 弘誓寺。曹洞宗。本尊は千手観世音菩薩であり、年中行事としては毎月18日千手観世音供養法要、両祖忌、春秋彼岸会等がある。寺宝として安政3年(1856)製作の円周8m50㎝の百万遍操り念珠がある。1937年(昭和12年)に瀬戸市大学今(現在東吉田町)に曹洞宗弘誓教会所として服部泰鏡師によって開かれた。準法地を昭和52年(1977年)法地に開闢し開山開闢を慶昌院18世とし現在に至っている。曹洞宗の教義を地域の信徒に伝導して処世の安心を得ることを目標としている。

弘誓寺

宗林寺

そうりんじ


瀬戸市門前町6-14
妙延山 宗林寺。大正末期に日蓮宗身延総本山から布教所を開設したのが始まりで、その後龍現院日雨上人が身延山の末寺を移転して宗林寺を建立した。本尊二尊四士像であり、年中行事は新春祈祷会、初午、大黒天神祭、御会式、お盆、毎月の易断がある。またぜんそく封じ、おねしょ、不眠封じにごりやくがあると言う。

宗林寺
宗林寺

慶昌院

けいしょういん


瀬戸市城屋敷町34
医王山 慶昌院。曹洞宗。本尊は釈迦牟尼如来。文明5年(1474)旧今村城主松原広長公が城域守護のために八王子大明神並に薬師如来を祀り天台宗医王山八王子を開いた事に始まる。寛永8年(1631)、雲興寺15世興南義繁により曹洞宗に帰属、元禄4年(1691年)には雲興寺十九世玄峰伝旨によって開山され、将軍綱吉の生母と同名桂昌院の名を付した。また寛延元年(1748)太初逸元の時法地開闢され、本堂開山堂庫裡等一新した。現在の本堂、納骨堂、葬祭場等は、16世宏嶽浄天代秋葉神殿は、18世天中正美代に再建されている。現在、19世寧菴正康により、庫裡、書院、山門、鐘楼等の諸堂を建設中、平成3年(1992年)度各々完成の見込みである。年中行事は年礼、秋葉火まつり、観音夏まつり等、夏休み子供禅の集いがある。寺宝としては伝行基の作である、地蔵菩薩立像等がある。本堂内陣天井には伊藤清永作の天女の舞天井絵がよく知られている。また境内は市内の桜の名所としてよく知られ、春になると全山が桜につつまれる。

慶昌院(本堂)