名古屋学院大学 瀬戸キャンパス

なごやがくいんだいがく せときゃんぱす


1968年に愛知県瀬戸市に完成。隣接するゴルフ場と一体となって開発された為、山に囲まれており、大自然にあふれている。広大な土地に校舎が点在。またスポーツ設備も整っている。名古屋キャンパスの完成により、現在はスポーツ健康学部・リハビリテーション学部のキャンパスになっている。

南山大学 瀬戸キャンパス

なんざんだいがく せときゃんぱす


平成7年、南山学園と名古屋聖霊学園は合併し、海上の森のふもとの瀬戸キャンパスに、新たに総合政策学部・数理情報学部(現情報理工学部)、総合政策研究科・数理情報研究科の二学部二大学院を新設した。統合した名古屋聖霊短期大学の敷地を利用し、平成12年に設置。聖霊中学校・高等学校と隣接している。平成27年に理工学部(情報理工学部から名称変更)および理工学研究科、平成29年に総合政策学部および社会科学研究科・総合政策研究科がそれぞれ名古屋キャンパスに移転予定。これにより、名古屋キャンパスに全学部・研究科が移転する。

大学コンソーシアムせと

だいがくこんそーしあむせと


瀬戸市と近隣の6大学(愛知工業大学、金城学院大学、中部大学、名古屋学院大学、名古屋産業大学、南山大学)が協働して、新しい文化活動を創成していくための組織。平成15年6月3日、瀬戸市と6大学が「大学コンソーシアムせとに関する包括協定書」および「大学コンソーシアムせとに関する包括協定のための覚書」に調印する。 市民が自ら学ぶ生涯学習の支援、市民と学生の交流、小中高教育との連携・支援、まちづくりのお手伝いなど、加盟大学がそれぞれの特色を活かした活動を展開している。文化創造プロジェクト、カレッジ講座、講演会、まちづくり施策協働プログラムなどを実施している。

陶原小学校

とうげんしょうがっこう


明治6年9月12日創立。明治6年9月に市の東部に位置する宝泉寺にあった寺子屋を廃して、第三大学第三中学区第59番小学、陶原小学校の名で開校。学校発足以来4回の移転と7回の校名変更を繰り返し、現在に至る。校地は57,202㎡と広大であり、その約半分が緑地帯となっている。校舎は、校地のほぼ中央に位置し、その南へ段差をつけた大小の運動場を備えている。

陶原小学校

水野中学校

みずのちゅうがっこう


昭和55年4月1日創立。西陵地区の開発で生徒数が急増し、マンモス化した南山中学校から水野地区、西陵地区を校区として分離し開校。管理棟、普通教室棟、特別教室棟、その間の中庭、マルチホール(多目的ホール)、体育館、プール、柔剣道場がある。

水野中学校

水無瀬中学校

みなせちゅうがっこう


昭和22年4月1日創立。瀬戸市立第一中学校として開校。しかし、独立校舎を持たないため、陶原小学校の西校舎に本校を置き、道泉小学校に分校を置いて、昭和24年4月1日、瀬戸市立水無瀬中学校と改称。昭和26年4月より、現在地(旧瀬戸商業学校跡)に同校の木造平屋建2棟8教室に新しく木造2階建11教室を新築して分校を廃し、完全独立した。

水無瀬中学校

東明小学校

とうめいしょうがっこう


明治6年9月9日創立。雲興寺において開校。それ以来、幾多の変遷があったが、校舎としては、明治19年からの西女郎前校舎、大正12年からの大空校舎、昭和44年からの東明校舎。現在の校舎は、三代目。

東明小学校

南山中学校

みなみやまちゅうがっこう


昭和22年4月1日創立。新学制実施にともない、東春日井郡水野村立水野中学校が同村立水野小学校に併設発足。昭和23年4月瀬戸市水野村組合立南山中学校と改称され、道泉小学校に分校を置き、效範連区1、2年生を収容し、9月より授業を開始した。昭和24年1月、現在地に新校舎2棟が落成し、道泉、水野両分校を設け、新1年生を入れる。昭和265年5月3日水野村は瀬戸市と合併し、瀬戸市立南山中学校と改称。昭和27年7月23日午後9時ごろ、第2校舎より出火し、またたく間に第2、3校舎を全焼。9月より1部制とは水野、效範各小学校に分散、授業を受けた。昭和28年1月第2校舎、3月には第3校舎が完成し、全生徒が同校に戻った。

長根小学校

ながねしょうがっこう


昭和41年4月1日創立。效範小学校から分かれ、スタート。校名の候補として「城ヶ根小、高嶺小、今村小」などがあったが、校舎が建つ地域は、市西部の発展が進む以前から、「長根」と言われていたことや市内校の大半が地名から採っていたので長根小学校となった。

長根小学校