大学コンソーシアムせと

だいがくこんそーしあむせと


瀬戸市と近隣の6大学(愛知工業大学、金城学院大学、中部大学、名古屋学院大学、名古屋産業大学、南山大学)が協働して、新しい文化活動を創成していくための組織。平成15年6月3日、瀬戸市と6大学が「大学コンソーシアムせとに関する包括協定書」および「大学コンソーシアムせとに関する包括協定のための覚書」に調印する。 市民が自ら学ぶ生涯学習の支援、市民と学生の交流、小中高教育との連携・支援、まちづくりのお手伝いなど、加盟大学がそれぞれの特色を活かした活動を展開している。文化創造プロジェクト、カレッジ講座、講演会、まちづくり施策協働プログラムなどを実施している。

専門学校緑ヶ丘女学院

せんもんがっこうみどりがおかじょがくいん


昭和20年、尾張旭市に服装を中心に女子教育の学園「あさひ学園」開設。昭和27年、教育施設の改善と女子の職業教育の充実を図り、名鉄瀬戸線水野駅北、当時は閑静な丘の上であった(現在地)に新校舎建設。緑ヶ丘文化学園と改名。昭和39年、学校法人緑史学園設置認可となり、緑史学園緑ヶ丘服装女学院と改名。昭和51年、家政専門学校に認可。専門課程(高卒)、高等課程、夜間課程を設置、中学卒には文部省技能連携校の指定を受け、東海工業高校(普通科)の併修により高等学校卒業資格を取得することになり、専門学校卒業資格と高等学校卒業の二重ライセンスを得ることになる。愛知県知事より特色教育認定校の表彰を受け、昭和60年、現在地に鉄骨耐火構造832㎡の新校舎を建設した。平成25年4月、専門学校緑ヶ丘女学院に改称。平成29年度以降の募集は停止となった。

緑ヶ丘女学院

萩山小学校

はぎやましょうがっこう


昭和48年4月1日創立。瀬戸市で18番目の小学校として開校、当初全校児童数144名、教職員11名であった。平成22年4月に瀬戸特別支援学校が併設される。

萩山小学校

瀬戸特別支援学校(さくらんぼ学園)

せととくべつしえんがっこう(さくらんぼがくえん)


瀬戸市萩山台2丁目22番地(萩山校舎、小学部)、萩山台9丁目244番地(光陵校舎、中・高等学部) 平成22年4月1日開校。県内9番目の肢体不自由の児童生徒のための特別支援学校として開設された。小学部から高等部まで一貫教育を行っている。 一人一人の障害の状態や能力に応じた教育を行い、原則として瀬戸市在住の児童生徒を対象。愛称の「さくらんぼ学園」は、さくらんぼのように、「すべての子どもたちが手を取り合って、ともに支え含い、励まし合って学校生活を送ってほしい。」という思いが込められている。

瀬戸特別支援学校(さくらんぼ学園)(萩山校舎 小学部)

幡山西小学校

はたやまにししょうがっこう


明治6年10月21日に、「全道学校」という名で、当時の菱野村の西光寺内に創立された。校区は、本地学校や山口学校を吸収したり、また分校にしたりして、明治25年には、幡山東小学校(当時の山口尋常小学校)を分離して現在に至っている。この間、菱野村が本地村・山口村と合併して幡山村となり、瀬戸市と合併したりして、何度かの校区変更があった。

幡山西小学校

愛知県立瀬戸北総合高等学校

あいちけんりつせときたそうごうこうとうがっこう


昭和59年4月、開校。 平成16年4月に 福祉実践コースを開設。
平成21年4月、 総合学科に改編。三河地方からも受験可能になる。平成23年3月、普通科閉科
平成23年4月、瀬戸北総合高等学校に校名変更

愛知県立瀬戸北総合高等学校

幡山東小学校

はたやまひがししょうがっこう


明治6年9月創立。昭和22年愛知郡幡山村立幡山東小学校と改称。昭和30年2月瀬戸市との町村合併により瀬戸市立幡山東小学校と改称。昭和40年後半に宅地造成や愛環鉄道の建設が進むにつれて児童数が急増し、今までに山口川畔あった旧校舎では収容不可能になり、昭和49年、現在の国道155号線の東、四方を豊かな緑に囲まれた精閑な高台に移転した。

幡山東小学校

八幡小学校

はちまんしょうがっこう


昭和49年9月1日創立。本市第19番目の小学校として開校した。当時は、2つの学年が一つの教室で学習する複式の3学級で、児童数も27名と最も小さな学校だった。

八幡小学校

原山小学校

はらやましょうがっこう


昭和45年4月1日創立。創立初年度、教師9名児童88名で発足。平成16年度に幡山西小学校区であった白山町、東赤重町、緑町が学区に編入。

原山小学校