昭和17年2月1日大字名を廃止し、町名を設定。1~2丁目がある。もとは瀬戸の一部で、明治期1丁目は瀬戸村大字瀬戸字山脇の一部、2丁目は十三塚の一部であった。名古屋の出入り口として、瀬戸の玄関として賑やかになりたいという思いが京町という名前となった。
投稿者: setopedia
共栄通
きょうえいどおり
昭和27年11月28日、大字名を廃止し町名を設定。1~7丁目がある。もとは今の一部。大正末期、今村に「共存共栄」をモットーとする産業組合が設立され、多くの住民によって育てられてきたことから「共栄」の言葉が使われ、町名になった。
→今村城
北脇町
きたわきちょう
昭和18年8月9日、大字名を廃止し町名を設定。もとは今の一部。昔、瀬戸川を中心として、この地は四つの嶋に分かれた。川の北側は北脇嶋、川の西側は川西嶋、慶昌院付近は寺山嶋と呼ばれていた。その後町名設定により、北脇嶋は北脇町になった。昭和59年小田妻町1~2丁目の一部を編入。
北山町
きたやまちょう
昭和18年8月9日、大字名を廃止し町名を設定。もとは今の一部。江戸期の瀬戸街道,(信州飯田街道)沿いの旧今村北脇島にあたり、北の中水野村境にある。町名設定に際し、隣接して南山、西山の町名があり、しかもその両町の北側に位置することから北山町と名付けられた。
北みずの坂
きたみずのざか
平成19年5月12日、町名を設定。1~3丁目がある。
→水野特定土地区画整理事業
北松山町
きたまつやまちょう
昭和32年7月1日、大字名を廃止し町名を設定。昭和59年5月1日から1・2丁目がある。もとは西松山町・小田妻町Ⅰ~2丁目・さつき台Ⅰ~5丁目の各一部。
→松山町
北白坂町
きたしらさかちょう
昭和18年8月9日、大字名を廃止し町名を設定。もとは赤津の一部。
→白坂町
北丘町
きたおかちょう
昭和40年5月1日大字名を廃止し、町名を設定。もとは下品野の一部。品野の北方の丘陵地ということで、この北丘の地名がつけられた。
北浦町
きたうらちょう
昭和27年11月28日大字名を廃止し、町名を設定。もとは今の一部。1~4丁目がある。
ききょう台
ききょうだい
昭和49年4月1日、町名を設定。水野団地の一部で1~3丁目がある。
→水野団地