瀬戸市上之山町2丁目
国道155号線西側の斜面に立地している。民家の庭となっており、昭和31年に山口遺跡保存調査会によって一部が発掘調査され、縄文時代後期の住居跡が1軒検出されている。
検出された遺構は、平地式住居跡で東西約6.5m、南北約5mのほぼ円形の平面プランで、床面は比較的固く締まっており、7個の柱穴と中央やや東に径50cm、深さ25cmの炉跡が検出されている。東側と南西側には周堤状の盛り土も確認されている。出土遺物には深鉢型と浅鉢型の縄文土器と石器があった。石器には、石鏃・石錐・石匙・打製石斧・磨製石斧などがあり、出土した土器の特徴から、本遺跡は約3000年前の縄文時代後期中葉から後葉の遺跡と比定された。
周辺には大六遺跡・屋戸遺跡・西米泉遺跡などの縄文時代の遺跡や吉田遺跡・山鍵遺跡などの弥生時代の遺跡が所在し、丘陵地には群集墳が分布する。
(参考文献 「瀬戸市の先史遺跡―大坪遺跡」)