所在地 瀬戸市羽根町
山口川(矢田川)の高座橋のやや下流左岸(南側)には、羽根屋敷と呼ばれる小高い台地状の土地がある。ここには戦国時代に林次郎左衛門が居城したとされる菱野城跡である。林次郎左衛門は永正十四年(1517)の菱野熊野社の棟札にもその名が残り、田幡(名古屋市北区)から狩宿・井田(尾張旭市)周辺まで勢力を伸ばして織田家の重臣も輩出したとされる。
また別の考証では、鎌倉時代初頭に山田荘の地頭職をに補された山田重忠がこの地域を支配し、その後その係累の山田泰親・親氏兄弟が居城、城構えは東西三十九間・南北五十三間、土居・堀跡などの一部を残す現在地がそれという。山田泰親はその後上菱野に山口城を築造している。
江戸時代の村絵図の西島城徳の地に「城主石碑」が描かれている。この石碑は現在北山墓苑に移築され、自然石に「古今常徳居士」と刻まれ、林次郎左衛門のこととされている。