山崎城址

やまざきぎょうあと


所在地 品野町8丁目
 藩政時代の中品野村川北島にあたる。品野川(水野川)とその支流石場川(山崎川)に挟まれた小高い尾根上は通称「五輪山」と呼ばれ、山神が祀られているがここに古い宝篋印塔(高さ45~78センチ)も立っている。戦国時代に品野城攻略のために織田方が「付城(つけじろ)」として築いた山崎城跡であったと伝えられている。南麓の民家の裏手に切石をもって積み上げられた「おがたの井戸」と呼ぶ古井戸も残っている。
 「桶狭間合戦記」によると、永禄三年(1560)の品野合戦の際は織田信長家臣の竹村孫七郎らが守備していたが、品野城の松平監物家次が豪雨の夜に奇襲をかけ、不意を突かれた織田方の将兵50余人が討ち死に敗走したとある。古石塔は敗将の供養塔と伝えられている。