瀬戸児童合唱団

せとじどうがっしょうだん


昭和63年(1988)に発足。いきいきとして楽しく歌える合唱団を目指し、県下・国内の多くの合唱団と交流を行っている。また、韓国、ニュージーランド、ドイツ、中国への演奏旅行を行うなど、国際交流を進めている。平成21年には文化協会の「つばき賞」を受賞している。

瀬戸新開地商店街振興組合

せとしんかいちしょうてんがいしんこうくみあい


設立は昭和39年(1964)。地区としては陶原町1~6丁目(新開地交差点を中心とした地域)である。もともと碁盤目状にきちんと整備されている地域を国道363号線が斜めに切断している都市計画上奇妙な構図となっている。一方、歩道には市内では唯一の街路樹が生え街路燈とマッチしている。街区の要所には若手後継者の発想でイルミネーションを設置するなど快適な街路空間と潤いのある商店街造りを目指している。地区内は、尾張瀬戸税務所・県税事務所・法務局・病院また、近くには瀬戸市役所・警察署があり交通量も多くまた、市内住民の多くが往来している。商圏としては陶原連区である。歴史としては国道363号線と県道大府線沿いに商店が自然発生的に立地した。この地の国道西方には飲食店が軒を連らねていた。名称の新開地は、市内中心部より開発が新しい事からこの名称が付けられた。

瀬戸新開地商店街

瀬戸市民オーケストラ

せとしみんおーけすとら


瀬戸市民オーケストラは、愛知県 瀬戸市 を拠点に活動するアマチュアオーケストラ。昭和57年(1982)の瀬戸市文化センターの完成を契機に、瀬戸地域の音楽文化の向上を目的として、昭和59年(1984)に瀬戸第九をうたう会が発足した。そして、瀬戸市民オーケストラは、合唱ばかりでなくオーケストラも市民の手でとの掛け声のもと、瀬戸第九をうたう会が中心となって、昭和61年(1986)に結成された。年月を経るにつれ、構成メンバーも充実し、現在、瀬戸市およびその周辺の名古屋市、 尾張旭市、 春日井市 などに在住の会社員、主婦、学生などにより構成されている。97年4月の第10回定期演奏会では、結成以来の念願であったベートーヴェンの交響曲第9番を、瀬戸第九合唱団とともに演奏した。98、99年の11月には豊田シティバレエ団と共にチャイコフスキー/くるみ割り人形を手がけた。
毎年6月には定期演奏会を行い、ベートヴェンの交響曲など親しみやすい曲や、まだ名の知られていない曲を紹介しようと回を重ねて、平成29年度で30回を数える。また、12月頃には、クラシック音楽に親しんでもらおうと「ふれあいコンサート」を中心とした演奏会を開催している。

瀬戸南西部商業協同組合

せとなんせいぶしょうぎょうきょうどうくみあい


設立は昭和61年(1986)。業種構成としては、買い回り品業種が中心である。地区としては幡野町・赤重町・新郷町・追分町・高根町松山町の市内南西部を中心とする地区である。特色としては、幡山・長根連区を中心として協同組合を設立し、商店街振興組合とは設立条件を異にしているが、「商店が消費者にサービスする」ことについては同一である。事業目的は“せとカード”として買物の便利性を顧客に提供している。カードの内容は、年々改善され顧客サービスに努めている。沿革は昭和57年頃より未組織である地域に商業団体としての事業活動をするために設立の動きが始まった。消費者の便利性・固定客の確保としてクレジットカードを主力事業としている、当時は愛知県内での事業はなく注目を浴びた。

瀬戸市和太鼓連盟

せとしわだいこれんめい


瀬戸子供太鼓こまいぬ座、みずのお狩場太鼓、天くう、窯っ鼓、鼓風楽、瀬戸北総合高等学校、聖霊中・高等学校、狛犬社中の和太鼓団体で構成。毎年、瀬戸市文化センター文化ホールで「和太鼓の祭典」が開催されている。平成22年の上海万博での演奏に続き、平成27年8月にはイタリア・ミラノ万博での演奏を行っている。

中央通商店街振興組合

ちゅうおうどおりしょうてんがいしんこうくみあい


設立は昭和39年(1964)。地区としては栄町・蔵所町・新道町・刎田町・杉塚町・薬師町(尾張瀬戸駅より瀬戸公園まで)である。瀬戸市の中心に位置し、瀬戸川の両側の商店で街区の延長は東西1㎞に及んでいる。北側には銀座商店街・南には末広町商店街があり、この3商店街と主要銀行も加わり中心商店街として顧客の吸引に相乗効果を高めている。業種では陶磁器の卸・小売業者が多く市内外からの人通りが増えている。商圏としては全国・市内一円・深川連区と業種により3分類される。豊田方面、多治見方面、名古屋方面の道路網の中心(記念橋)に、瀬戸川をはさんで商店が自然発生的に立地している。市内で最初に商店街振興組合の法人格を設立した。約1㎞の瀬戸川両岸に街路燈を設置している。

中央通商店街

追分商店街振興組合

おいわけしょうてんがいしんこうくみあい


設立は昭和42年(1967)。組合員は38店。業種構成としては、最寄品10店、買回品8店、その他が20店となっている。地区としては今池町、追分町、汗干町の瀬戸市役所の周辺を中心とする地域である。市役所、公立陶生病院が近くにあることから、食料品店、飲食・サービス業が増加傾向にある商店街である。現状の営業は日曜日を定休日とする店が多い。また、飲食・サービス業は水曜日が目立つ。現在の活動はあまりはっきりした事業はないが、不動山通りの拡張計画と市役所駅前の整備計画があり立地条件が良いので将来明かるい。商圏としては、水南、道泉、西陵連区である。歴史としては国道155号線と旧道の新居線の分岐点となって追分の地名があり、この地名を使って商店街の名前としている。追分の道路拠点から自然発生的に商店が集まり、昭和30年代には孫田町、横山町を含めて商店街活動を行なっていた。昭和42年(1967年)、現在の地区で法人組織とした。

追分商店街

品野商店街振興組合

しなのしょうてんがいしんこうくみあい


設立は昭和43年(1968)。地区としては品野地区一円(品野本町を中心として国・県道沿い)である。特色としては市の北端に位置し、地区の広さは市内で最大である。従って店密度は低くなっている。道路の交通量は非常に多く(10、000/1日・12時間)消費者の安全性には乏しいが、地域消費者からは愛好され親近感をもたれている。地区内には大学・ゴルフ場・岩屋堂・陶磁器センターがあり市内はもとより、市外からの吸引施設がある。商圏としては品野連区一円である。歴史としては、国道248、363号線の道路沿いに商店が自然発生的に立地し、昭和23年(1948)、品野本町を中心に商店街活動を行う。昭和43年(1968)12月組織を法人化し消費者保護の街路燈を始めとして、地域密着の祇園祭に協賛行事を開催する。

品野商店街

末広町商店街振興組合

すえひろちょうしょうてんがいしんこうくみあい


設立は昭和43年(1968)。地区としては末広町1・2・3丁目(尾張瀬戸駅より東へ300mの川南)である。市内で一番規模の大きい商店街である。街区の延長は270m、市内で最初に設置されたアーケード、のちにカラー舗装もされた。車両を通行止めとして来街者の安全性は保たれており、明るい雰囲気の店舗造りと専門店化を促進して楽しみながら買い物の出来る中心商店街を目標に会員は研究・勉強に努力している。それぞれの店は火曜日を定休日としているところが多い。商圏としては深川・古瀬戸・東明・祖母懐連区である。歴史は、昭和初期には、陶磁器の販売店の中に数点の小売店があったに過ぎなかったが、昭和10年(1935)頃より呉服・洋品店が近隣から移転、昭和12年(1937)には発展会が発足され当時としては珍しい鈴蘭燈が設置された。昭和38年(1963)アーケードが完成し、昭和43年(1968)に現在の組織となる。
昔ながらの商店だけでなく、NPOや市民団体の出店、老人福祉施設などもあり、暮らしに密着した商店街となっている。また空き店舗を活用して、賑わいと交流の場「せと末広亭」があり、貸しギャラリーとして、また起業道場などの試みがされており平成18年度には「愛知県ブランド商店街」にも認定されている。また、せと末広亭では定期的に落語の会が開催されている。
平成26年8月30・31日、アーケードの全面改装を記念したイベントが開催された。

末広町商店街