瀬戸新開地商店街振興組合

せとしんかいちしょうてんがいしんこうくみあい


設立は昭和39年(1964)。地区としては陶原町1~6丁目(新開地交差点を中心とした地域)である。もともと碁盤目状にきちんと整備されている地域を国道363号線が斜めに切断している都市計画上奇妙な構図となっている。一方、歩道には市内では唯一の街路樹が生え街路燈とマッチしている。街区の要所には若手後継者の発想でイルミネーションを設置するなど快適な街路空間と潤いのある商店街造りを目指している。地区内は、尾張瀬戸税務所・県税事務所・法務局・病院また、近くには瀬戸市役所・警察署があり交通量も多くまた、市内住民の多くが往来している。商圏としては陶原連区である。歴史としては国道363号線と県道大府線沿いに商店が自然発生的に立地した。この地の国道西方には飲食店が軒を連らねていた。名称の新開地は、市内中心部より開発が新しい事からこの名称が付けられた。

瀬戸新開地商店街

瀬戸商店街連合会

せとしょうてんがいれんごうかい


設立は昭和25年(1950)。主な事業として、各組合運営に必要な資料収集。各団体での共通したテーマの研究。国・県・市に商業環境に対する要望をしている。今年度平成元年(1989)の定時総会で名称を“瀬戸商店街連合会”からあらためられた。全国的な組織としては、市内9団体で当連合会を構成、愛知県商店街振興組合、全国商店街連合会と全国組織の一部になっている。沿革は設立当時は商店街組織は発展会であり、事務所は市役所の中にあった。昭和30年(1955)に入り、事務所を現在の商工会議所に移す。商店街振興組合の設立、事業運営の指導育成指導を行っている。

新瀬戸商店街振興組合

しんせとしょうてんがいしんこうくみあい


設立は昭和60年(1985)。地区としては東横山町、孫田町、水南町(新瀬戸駅、瀬戸市駅周辺)である。瀬戸市で1番新しく設立された商店街で、それぞれの店の業歴も比較的新しい。名鉄瀬戸線、愛知環状鉄道の交差する鉄道路線で重要な拠点に位置し、鉄道の乗り換え・高等学校・陶生病院などの利用者が在り人通りは年々増加している。活動は、瀬戸市駅駐車場で夏祭りの盆踊りや、また、地域消費者のための街路燈は防犯上からも効果を上げている。商圏としては水北・水南・效範・西陵連区である。歴史としては、昭和30年代に孫田町・東横山町は発展会として活躍、昭和40年代初期より組織なく休止、昭和46年(1971)名鉄ストアーがオープンし、昭和56年(1981)頃東横山町を中心とする商店主より組織化の動きがあり昭和60年(1985)法人を設立した。

新瀬戸商店街

効範西部商店街振興組合

こうはんせいぶしょうてんがいしんこうくみあい


設立は昭和46年(1971)、業種構成としては、最寄品20店、買回品26店、その他が48店となっている。地区としては効範町・北脇町・松原町・北山町・南山町・平町とその外近隣の町内で水野駅を中心とした地区である。市内の一番西方に位置し、街区の広さは2番目である。1店当たりの店の広さは80㎡と1番広い。商店街の休日は決められてはいないが日曜日が目立っている。商店街の活動は広く地域に街路燈が設置され地域消費者の安全性に大きく貢献している。また、若手後継者で組織している青年部は組織造りに、地域の活性化に、地域の人口の増加への対応・水野駅利用客への対応・商店経営の勉強などに活躍している。商圏としては効範・西陵連区である。歴史として、自然発生的な形成された商店は、1955年(昭和30年)頃より名鉄瀬戸線を境に、南側を効範商店街・北側を西部商店街として活動し、(後にそれぞれが商店街振興組合組織にする。)2つの商店街が昭和46年(1971)に合併し現在の組織となる。

效範西部商店街

銀座通り商店街振興組合

ぎんざどおりしょうてんがいしんこうくみあい


設立は昭和43年(1968)。地区としては朝日町(尾張瀬戸駅より東に200mの川の北側)を中心とした地域である。街区の延長160mのアーケード・カラー舗装がされている商店街の常時歩行者専用となっており、来街消費者の安全性を保つ楽しいショッピング街である。歴史としては瀬戸街道沿いに生まれた宿場町、瀬戸物の集散地として問屋町・陶祖を祭る門前町として自然発生的に商業集積を形成してきた。当時は朝日町商店街として発足し、後に銀座通と名称が代わった。名称の“銀座通り”は地場産業の陶磁器が栄えたころ宮前発展会ともども一番の繁華街であった所から付けられた。
中心市街地活性の空き店舗対策事業として、平成13年(2001)4月、商店主の若手有志が発起人になって、商店街内に地域の人々のお休み処、憩いの場所を作ろうと動き始めたプロジェクトに、名古屋学院大学の学生たちが準備段階から参加し、学生たちが後押しする形で「銀座茶屋」が、同9月企画・経営を大学生が商店街と協働して行うカフェ&雑貨「マイルポスト」が開店した。こうした、大学連携によるまちづくりの成果が認められ、中小企業庁の「がんばる商店街」77選に選ばれた。その後、瀬戸市の補助制度を活用した店舗が相次ぎオープンした。銀座茶屋は地域のコミュニティーサロンとして、また異世代間の交流の場として多くの地域の人たちに利用されたが、客足も鈍りはじめ平成26年9月末閉店した。
平成26年8月30日、アーケードの改修が完成したのを記念して「銀こい夏まつり」、31日「第16回ぎんざ・えんにち」が開催された。

ふくらの会

ふくらのかい


瀬戸市点訳グループ「ふくらの会」昭和58・59年の2期、回数にして40回程の点訳奉仕員養成講座が瀬戸市で開講され11月の徐行修了に継いで「ふくらの会」が発足。名称は相談の末、市の木とされているクロガネモチ、別名を福来柴(フクラシバ)この木に因んでつけられたものである。愛知県盲人福祉連合会点字図書館「明生会館」より送られて来る書籍の点訳、併せて地域の視覚障害の方が持参される暦、ステレオ等機器の説明、和裁・料理の本、食堂のメニュー、カラオケ歌集等の個人的なもの、時には障害者交流会の案内書何十枚等と種々雑多に受け入れて活動している。文字(墨字と言う)を点字(凸面を作る)に、置き変える作業奉仕部ループである。

陶の国

とうのくに


旧中部通産局において、東海陶磁器産地の課題が「愛知万博を契機とした東海陶磁器産地活性化にかかる企画書~陶の国チャレンジプラン」(2002年3月)で整理され、課題を解決するために、これまでの生産者主体のものづくりから顧客指向型へ思考を転換し、産地ブランド力の向上を図ることを目指した、東海地区の常滑焼(とこなめやき)・瀬戸焼(せとやき)・美濃焼(みのやき)・萬古焼(ばんこやき)の4産地における若手経営者の代表が中心となった広域連携による取り組み「陶の国プロジェクト」が始められた。

せと狛犬プロジェクト

せとこまいぬぷろじぇくと


瀬戸のシンボルである狛犬で、地域の文化と産業を盛り上げようと、瀬戸市で活動する実行委員会。瀬戸の深川神社には、陶祖 加藤四郎左衛門景正(通称 藤四郎)を祀った陶彦神社が在り、藤四郎作と伝えられている重要文化財の陶製狛犬があり、瀬戸のシンボルといえる。実行委員会は、そのシンボルである狛犬を瀬戸の代表キャラクターとして、公募により「せとこま」が誕生した。かって陶工たちは、焼き物の仕事をはじめ、様々な祈願成就を願い狛犬を造り奉納した。「せとこま」は、そのような願い事や、厄除け、魔よけのシンボルとして、地域の文化や産業の活性化、歴史ある瀬戸の未来を守って行きたいと、大きく目を見開いています。実行委員会 では、瀬戸の狛犬(「せとこま」を含む) と共に、地域文化・産業(陶磁器)に興味があり、発展向上に賛同していただける方を広く募っている。

瀬戸防犯協会連合会

せとぼうはんきょうかいれんごうかい


原山町 瀬戸市警察署内。
昭和31年(1956)7月に瀬戸防犯協会連絡協議会という名称で設立したものである。設立目的は、各防犯協会が行う防犯および青少年不良化防止対策の総合的な企画、推進を図るとともに会員相互の連絡協調となっている。現在では地域防犯協会、職域防犯協、工場事業場防犯協会の3協会が連合となり瀬戸市防犯協会連合会となっている。なお、この連合会の事務局については、瀬戸警察署防犯課となっている。

瀬戸軟式野球連盟

せとなんしきやきゅうれんめい


創設は平成15年(2003)、愛知県軟式野球連盟瀬戸支部(Cリーグ)に所属している。おもに、活動拠点は瀬戸市、名古屋市、尾張旭市、長久手市その他瀬戸市近郊で活動しています。