せともの人形

せとものにんぎょう


昭和7年(1932)の第1回せともの祭からお祭りのシンボルとして展示している。昭和55年(1980)頃までは瀬戸川沿いのせともの廉売市会場内の歩道上に小屋を建て、4~7カ所に展示していた。しかし、1週間にわたる展示による歩道占拠は次第に難しくなり、平成3年(1991)以降は毎年1カ所のみ、現在はパルティせと1階での展示となっている。題材はその時々の世情を反映したものや映画・テレビドラマを取り上げており、とりわけ昭和39年(1964)からは毎年「大河ドラマ」に関連する作品が1点以上つくられている。ただし、平成16年(2004)のみ磁祖・加藤民吉が九州への修行の旅から瀬戸へ帰り200年にあたる年であることを記念し、「磁祖民吉九州修業二百年」との題目で制作。天草の天中和尚を訪ねた民吉という構図での展示がなされた。
平成12年(2000)までは大阪のせともの祭でも制作されていたが、現在では瀬戸が全国で唯一となっている。第1回・第2回のせともの祭では「せともの人形競技会」として出品者が人形の出来栄えを競い、最優秀作品には新愛知新聞(現中日新聞)から優勝旗が送られた。第3回の昭和9年(1934)以降は瀬戸陶磁器卸商業協同組合が主催し愛知県高浜市の菊人形師が制作を行っている。