瀬戸市藤四郎町
瀬戸川の右岸、公園橋の北詰に公園の入口がある。古い昔では庚申山あるいは禅長庵山と呼び、慶応2年(1866)に加藤四郎左衛門景正の顕彰のため六角陶祖碑が建立されてからは藤四郎山と呼ぶようになった。公園として開園するに至ったのは明治43年(1910)4月陶祖春慶の七百年祭を執行した時からで、「瀬戸公園」と名付けられた。平成26年に陶祖800年祭記念事業として、園名を「陶祖公園」として再整備された。
陶祖碑の正面下段に一対の灯籠が明治5年(1872)に寄進されている。灯籠は石造りが普通であるが、陶器で製作したところが瀬戸らしい。公園のシンボル、陶祖碑を大切に保存するため昭和44年(1969)地元篤志家の寄付で、鉄筋2階建のお堂を建設して中に陶祖碑を納めている。
園内の山腹には、明治19年(1886)に有栖川宮殿下をお迎えしたときに名付けられた竹露庵がある。
昭和26年(1951)に周辺部分を含み、陶祖公園として都市計画決定された。