黒田 政憲

くろだ まさのり


福岡県朝倉郡秋月町に生まれる。明治24年(1891)(明治20年(1887)?)、東京工業学校瑠璃破璃科(現東京工業大学)を卒業。明治33年(1897)兵庫県津名郡陶器学校長となり、次いで明治33年(1900)愛知県瀬戸陶器学校長、明治42年(1909)中国四川省成都中等工業学校に招かれた。明治44年(1911)佐賀県立有田工業学校長となり、大正3年(1914)佐賀県技師を兼ねた。
東京工業学校時代にワグネル博士に石炭窯の焼き方の指導を受けたことを基に、瀬戸陶器学校内に石炭試験窯を作らせ、明治35年(1902)瀬戸地方で初めての石炭窯に火が入れられた。黒い石炭で白いやきものを焼く試みは無茶だと言われながら、瀬戸で最初に石炭窯を導入して実験を重ねたことは高く評価される。黒田の業績は後世にも残り、『愛知に輝く人々』の愛知県小中学校編の中で、あるいは瀬戸市内の小学校の社会科副読本にも紹介されている。
クロース・コーレマン『定量分析書』、ランゲニペック『陶器製造科学』等の訳書、瀬戸陶器学校長当時の執筆にかかる『実用製陶学』『瀬戸の陶業』などの好著があり、和文窯業書の普及に関しても多大の貢献をなした。